寒い部屋の中でわたしの手はカタカタ震えていた。今にもわたしの腕は氷ついて、ピシピシ音を立てて割れてしまうんじゃないかと思った。すこしでも暖かいものをとおもい、赤い髪をしたこいつの頬に触れた。手をこするあわせるように動かすと、そこはとてもすべすべで心地いいのに、とても、冷たかった。わたしはこんな寒い所に、それ以上の冷たいものがあるということに絶望した。

「おい、何ひとの顔かってに触ってんだよ」

怪訝そうな顔をするサソリわ冷たい腕でわたしの手を掴み、下ろした。わらにもすがる、とはこの事なんだろう。逆にわたしはもっと悪いものにすがってしまったんだと気づく。そもそも、この寒い寒い冬という季節にストーブもこたつもない部屋(というか小屋)があっていいのだろうか。ま、この部屋の所有者にとってはどうでもいいことなのだろうが、わたしがいるのだからもう少し考えてもらいたいものだ。サソリの傀儡の身は寒さを感じないらしいが、わたしは何より生身なのだ。デイダラも、この季節になればこの小屋に出入りすることをぱったりやめてしまう。毎日アジトからこの小屋に向かうとき、こたつのなかで暖かそうに寝転がるデイダラを見るのは、かなりつらい。だってわたしはこんなにも寒さに悩まされている間、あいつはあったけえーとか言いながらのん気に茶でも飲んでいるんだから。恨めしい気持ちが、よりいっそうわたしの体を震わせる。

「サソリの顔に触った、わたしがバカだった」
「おいおい何言ってんだ。おまえはその前から、ずっとバカだ」
「うざ!」
「何とでも言え」
「あー寒いっ」
「だったら、帰ったらどうなんだ」
「ええー」
「震えるくらいなら、帰れって言ってるんだ」

意地悪だ、と思った。サソリはとっても意地悪だ。わたしはサソリがすきだから、愛しいから、一緒にいたいから、ここにいるのに。サソリはそれを知っている。知ってて、それが可笑しくて、自分は寒さを感じないことをいいことにこの小屋に留まる。わたしが震える姿をみて、楽しんでいるんだ。絶対こいつはサディストだ。だってほら、隠し切れない笑がにじみ出ている。

「おい、どうしたんだよ。黙らなくてもいいじゃねえか」
「別にそんなんじゃないよ」
「意味わかんねえ…ほら、早く帰れよ。風邪ひくぞ」
「ご心配ありがとー。でも、帰んない」
「何で?」
「え?」
「何で帰らないんだよ」
「そ、それは別に……てか!あんたこそ」
「オレはもう少しいるだけだ。先には帰ったらどうだ」
「いやだ」
「だから、なんで」
「……絶対ぜーったい、言わない」

さっきまでニヤニヤ笑っていたサソリの顔は、急に、しぼんだようになった。わたしは少しでも寒さを紛らわせるために足を抱え込んだ。一向に暖かくなどならない。さんざんサソリの気ままなサディスト心に弄ばれたあげくのはてに、もっと寒くなってしまったのだ。眉間にしわがよっている。疲れてしまったのだと、気づいた。
ふと、ふわり、サソリの匂いがした。わたしが顔を上げると、サソリはちょっと苦笑した。サソリはコートのボタンをはずし片方の腕を鳥の様にあげると同時にマントの布も上がった。ほんとうに鳥の翼のようだった。

「ほら風邪ひいたらあれだから、こいよ」

瞬間サソリの目には意地悪なものはなくなっていて、ちょっとした後悔と、照れくささが混じっていた。それを見るなりわたしの眉間のしわはさっと緩んだ。わたしもふわり、とサソリのマントの中に潜り込む。サソリの頬に触れても、ちっとも暖かくなどなかった。

「冷たいよ、サソリは」
「そりゃあ傀儡の体だから、しょうがないんだろう」
「違うよ。わたしにすっごい冷たい。意地悪なんだよ」
「それは、違う、んだ」
「え?」
「違うって言ってるんだよ」
「なにが」
「だから、だな」
「うん?」
「どうしたらいいか、分かんねえだけなんだって……」

サソリは切羽詰っていたものが一気に開放されたかのようなっていた。明らかに寒いのに、そのとき、わたしは確かに暖かくなった。ごめんねと、サソリにぎゅっとしがみついて呟くと、オレもごめんと、サソリの呟いた。なんでこんなにも暖かいのだろう。確かにサソリの身は、氷のように冷たいのに。
おかしくて、ふっと笑うと、わたしの頬にサソリが口付けした。その触れた部分からわたしの体には熱が広がる。この暖かい熱が、サソリにも伝わればいいのに。
どうしようもなくつらかったこの季節が、わたしはたまらなく愛おしくなるのを感じた。




エナメルの舌
(舌にぴったり張り付く氷のようにあなたへの想いもぴったり張り付いてしまったんだわ)(けれどそれすらもあたたかな色をしているわ)


(08.07.18)