大事な粘土細工を割ってしまった。デイダラが始めてわたしに造ってくれた鳥の形をしたものだ。羽の分だけ見事にもげて砕け散っている。群青色の着物の上に破片が飛び散った。いやな予感がするとは、この事だろう。
ふすまの開く音がした。それと同時にデイダラが顔を見せる。予感的中。
「よお、!なにして……あ」
「ごめん。割ってしまった。わたしの不注意だ……ほんとうにすまない」
「別にいいって、うん。気にするな。それよりもな、話があって来たんだ、うん」
デイダラは破片をまたぎ座布団の上に座った。かがむと、長い髪の毛が机の上においてある茶に入ってしまいそうで危うい。話とはなんだろうか。また行ってきた美術館の話しだとか、仏像の話しだとか……だろうか。破片を拾いながら、聞いてみた。
「なに、こんどはどんな芸術を目にしてきたの?」
「いやあ、うん。今日はそんな話じゃなくてな」
「じゃあなんの話?」
プツリ。あーあ、手、切っちゃった。血が出ている。バラの鮮紅色を思い浮かべる色だ。思わず笑顔になった。デイダラが芸術以外の話をするだなんて大変珍しい。顔を上げる。デイダラの青い目が合った。
「すぐにここ出て行くんだ、うん」
あまりにもの唐突さにわたしは少しばかり目を見開いた。デイダラの青い目わたしをすぐさま避け、きゅっと、しぼんだ様に見えた。眉間にしわを寄せ、俯きかげんに薄く笑うその顔は一体何を感じているのだろう。
諦念、迷い、悲しみ、あるいはデイダラがいなくなり一人になるわたしへの憐憫も、あるだろうか。
「おいらは暁って組織にいかなきゃなんねえんだ、うん。寂しいか」
「そりゃあ、ね。暁って、悪党組織ね」
「さすがだな。情報入るの早すぎだな、うん」
「まあね。あと安心して……デイダラが悪党になったからって、わたしはあんたのこと、嫌いになったりしないから」
「それは嬉しいな、うん。あとその粘土、新しいの造ってやるよ」
「ありがとう……」
デイダラだめだよ。こんな時こそわたしの目を見て話して。目を見てちゃんと伝えてほしいよ。それはとても大切な事なのに。それに粘土。どっちかって言うと、直してほしかったんだけどな。ほら新しいのってあれじゃない?なんか最後の別れ際に……って感じで、何か寂しいよ。いや、暁に入ったらきっともう帰ってはこないんだろうな。
デイダラの手が粘土を食べ始める。出来上がったのはやっぱり、鳥だ。おいそれって起爆粘土じゃないんですか、デイダラさん。
「安心しろって!チャクラは練りこんでねえから、うん」
「ああ、そういう事ね」
「だれがお前を殺すかってんだ、うん。あーそろそろ、行かなきゃな、うん」
「ちょ、待って」
「なんだよ……うん?」
「最後にその髪、結ってあげる」
デイダラは無言でおかしな変顔を造っている。どうやら嫌らしい。でもわたしはそんなのお構いなしてクシと鏡を取り出し、デイダラに正座するよう命じて背後に座った。鏡越しに見えるデイダラの変顔は相変わらずだが、抵抗しないのはこれが最後だからだろう。金色のきれいな髪を丁寧にクシで梳いた。引っ掛かるところなんて全然なくて、ああ綺麗だなって羨ましくなった。ショートヘアのわたしにとって少し憧れの髪の毛なのだ。
「なんであんたの髪、こんなきれいなんだろ」
「そんなの知らねーよ、うん!そーいうお前も、結構良いと思うけど」
「あたしは全然だよ。ほら、ちゃんと前向いて」
「痛ってーな、うん!……ってうぎゃっ、痛い!痛いっつってんだろ、うん!!」
「それそれー」
きれいな髪を、頭のてっぺんに向けて引っ張り上げる。大体髪が集まってきたら、一気に縛り上げた。いわゆる、ちょんまげ。
うわ、あんたどんな髪形でも似合う。やっぱり羨ましいな。
「ははっ似合うに合う。意外と」
「ああ?!ダセーじゃん、うん!ちょんまげかよ」
「いいのいいの。あんたは何でも似合うんだから」
「ほどけよ、これ!」
「だめだよ。最高傑作なんだから」
デイダラの顔を鏡に向けてねじった。相変わらず不機嫌そうなデイダラの顔を鏡越しにみて、いった。
「この変な髪形見て、いつもわたしのこと、思い出して。嫌でも、忘れられないから」
鏡越しのデイダラは口を半開きにして、目なんか垂れ下がっていた。それでも、しっかりとわたしをみているようだ。嬉しい。あんたは鏡越しだといつも、目を合わせられるのにね。変なの。
デイダラの背中を強く叩く。ついでに頭も叩いてやった。
「ほら、もう行くんでしょ」
「ああ……」
「いつまでもそんな顔してると、もっぺん叩くよ」
「いつからそんな暴力人間になったんだ、うん!」
「知らないなーそんな人」
「、おいらほんとは……」
「いっておいで」
いっておいで、そして、もう何があっても一生ここには帰って来ないで。そしたらもう二度とあんたを離せなくなるから。いまその言葉の続きを言われても同じ事だ。ほんとは行きたくない。じゃあ行かないでと、言ってしまうから。
ああ、また。目を逸らすでしょう、あんたは。鏡を持ってこようかなとも思う。
つられてわたしも悲しくなる。でも目の前のちょんまげデイダラを見てると、笑えてしまうからいいんだよ。
デイダラが顔を上げる。しっかりと、わたしの目を見ている。
「ああ、行ってくる……うん!」
その髪型で笑われると、つられてわたしはもっと笑う。くるりと背を向け、デイダラは歩いていく。ごとり、と音がした。新しい粘土細工は、落ちても割れなかった。デイダラは振り向きもせず、どこかへ行く。
嗚呼、あの羽のもげた鳥の粘土細工がやはりわたしには似つかわしい。もう二度と、飛べやしないのだから。いっておいで、そして帰っては来るな。次に会うときは二度と離してはやれないから。
デイダラの背中が消える。ちょんまげもやっぱり見えないから、全然笑えなくて、ためた涙が湧き出てきた。
無意識にわたしは俯いて、行かないでと、呟いていた。
(08.05.19)
望めば
叶
う
ときだったのに