見るってとても大事なことなんだよと、伝えたいはずだ

息を切らして暁のアジトまで走った。暁の中でも格別足の速いわたしはよくパシリに使われる。例えばサソリが造る傀儡の材料とかデイダラの使う粘土(曰く芸術)だとか。鬼鮫さんは料理を作る役割で一番大変だというのに、わたしに食材を買ってくるように言った事はない。やさしいな。顔怖いけど。
そんな暁のなかでパシリの内容が一番酷なのは、うちはイタチだ。
あの人はどうやら木の葉隠れの里で売っている団子がお気に入りだとか。けれどもこのまえ結構大きな騒ぎを起こしたらしい。それで木の葉には以前よりも行きにくくなったそうだ。何が言いたいかわかりますよね。そう、そうなのだ。あやつはわたしをパシリに使う距離ランキングナンバーワンの人間なのだ。わたしをわざわざ木の葉隠れの里まで行って団子を買ってこいというのだ。そのわたしに私に払うお駄賃は団子1個。たったの、1個。

「ダイエットだとか言っていただろう。ならば一石二鳥じゃないか」

しね。おまえが死ぬ前にわたしが餓死するわ!なにさすがうまいな……とか呟いてんだ。
でも餓死しそうなわたしが、今わざわざ息を切らして走っているのは、傀儡の材料とか粘土とかましてや団子のためなんかじゃない。こんな時にでも、思わず口が綻ぶ。はやくあのイタチに、見せてやりたくて。こんな自分が子供みたいだなと思うのは同然だろうか。

うちはイタチには写輪眼以外に万華鏡写輪眼というものがあると言うのは知っていた。けれどそれを使うたび、視力が落ちていくというのは最近知った事だ。最後に待つのは、使い物にならない目。失明するのだ。
なんとなく見て過ごすのはたまらなかった。目が見えなくなる。想像がつくほど辛く悲しく残酷な事だ。誰にとっても同じだろう。
わたしは理性というものに疎い。だから今、こうして走っている。片手には袋を提げて。中身はメガネだ。情に熱いわたしはどちらかといえば不器用で、単純で、馬鹿らしい。サソリ曰く。そんな単純なわたしが目をよくする=メガネと考えるのは当然の事だ。
あいつ、何ていうだろう。団子3つはくれるかな。もしくは滅多にありがとうだなんていわないあいつでも、わたしに煽られて、言わざるをえなくなるだろうか。
そうなればいい。口から笑いが零れた。

どうやらわたしは気づかないうちにアジトに着いていたらしい。見栄えなく森を走ったせいでおそらく顔中傷だらけだろう。知らないうちに庭から出てきたサソリはヒルコの尾を使ってわたしの頭についていた葉っぱを突き、腐食させた。栄枯材か、おまえは。こうやって意地悪をしてくるときは、たいがいパシリに使われる。いつもなら抵抗しないが、今日は違う。サソリを無視してイタチの部屋に向かった。

「何の用だ。団子を食っているときは静かにしてもらいたいものだ」
「関係ないね!あんた団子と目とどっちが大事なのさ」

ちょうどピンク色した団子を食べようとしている幸せそうなイタチの目が、わたしを睨み付けた。はいはい慣れましたよ、微動だにせず。

「そんな目しないでよ。せっかくの目が台無しじゃん。もっと老けて見える」
「……どういう意味だ」
「(ああもう、面倒くさい)いいから、これ!」
「なんだこれは」

イタチが中身を見るよりさきにわたしはメガネを取り出し、すばやくイタチに装着させた。しかしこんな時にでも、なんでこいつはこう冷酷な顔をしているんだ。

「そういうことか……」
「どうよ。ねえどう、どんなかんじ?」

答える暇もなく、イタチはメガネを机の上に置いた。伏せた目からは何も伺えない。内心、心臓が飛び出そうだ。

「こんなものいらん」
「え、なんで?!よくみえるでしょ」
「いや全然だ。それに見えたとしても、こんなものをしていては気だるい。邪魔なだけだ」
「そっか……」
「そうだ。考えても見ろ。任務での戦闘の度にこんなものをするのは難儀に決まっている。やっぱりおまえは、馬鹿だ。もし見えるのならとっくにやっているだろう」

あーそれもそうだ。馬鹿だわたし。何一人で空回りしているんだか。高揚していた気分は一気に冷め切り、顔を傷つけ走り続けた事にすら意味がなかったんだと改めて感じたら血の気すら引きそうだった。結局、わたしが自分から進んでやる事は全部意味がないなと改めて思い知らされる。
イタチがこちらを見詰めている。片手にはちゃっかり団子の串を握り締めて。出て行けと促しているのだろうか。


「ああ、はいはい。言われなくても帰るから」
「違う。その……なんだ。団子でも食べていけ」
「え、いいの?!」
「いやなら別に構わない」
「食べる!!食べるってば」

小走りに机の方に向かう。わたしの目当てはみたらし団子だ。手を伸ばそうとしたとき、額に威圧感を覚えた。イタチが額を突いてきたのだ。

「なんだよ、痛いじゃんか」
「あたりまえだ。そんなに顔に傷が付いてればな。また馬鹿みたいに走ってきたな」
「え、あ、これね。別にイタチには関係ないし。そんなことより、団子!」
「おい。その、あれだ」


ありがとう。


イタチがみたらし団子をわたしの口に突っ込み、そう言った。今確かにそういった。ありがとうと、言った。その言葉にも、団子が突っ込まれたのもあまりにも不意打ちで、危うく団子を落としそうだった。イタチは何事もなかったように団子を食べている。
あんまりにも咽の奥に行ったもので、涙が出てきた。それを見てイタチは薄く笑った。嫌味な笑いじゃなくて、この笑いも見れてましてやありがとうまで聞けたのだからわたしが走り続けていたのは別に無駄じゃなかったのだろう。
後ろでサソリのヒルコの低い声がする。パシリ要請だ。殺されるのはゴメンだから、一応後ろを振り向いた。

「買出しだ、。……なんだ。何故泣いている。イタチ、お前が泣かしたんだな」
「馬鹿いえ。俺は泣かすようなことした覚えはない」
「いや、あんただから!」

命一杯、怒った顔を作った。そうでないとわたしの気持ちはイタチに通じない気がしたのだ。イタチは目を細めて笑う。イタチ、あんたにわたしはほんとうに見えてるのか。いずれ見えなくなるのか。
それとも、既に見ようとはしないか。



(08.05.19)




不幸になれる