04.会話 芝生が気持ちよさそうで、太陽もあたたかで、ここでねたら気持ちいだろうなとか思ってる奴が、どさりと倒れこんだ。案の定芝生のヤツらは怒ったみたいで、あいつの背中をこしょこしょしてる。なのにそいつは、ははっありえねえーってつぶやいた。 オレは人曰く猫ってやつだから、面倒くさい事は嫌いだし、うるさい芝生も嫌いだけれど。なんかあいつは気になった。ここに人っていう奴が入ってきたのは、かなり久しぶりだったからただの好奇心だったのかもしれない。 そいつはオレに気づいたらしく、手の平を差し出してきた。 「君もひとりだね」 にこりともせず、あいさつもせず、無表情のこいつは言ってきた。こいつの目は、オレが気に入っているすすきの色だ。 「おいおい、オレがあんたの手を臭うとでも思ったかよ?」 オレが唐突に喋ったもんだから、そのすすき色の目はちょっとでかくなった。でもそれも、刹那だった。芝生がいつまでもざわついていやがるから、バリバリ引っかいてやったら、やめろ!うざい!痛い!とか、口々に怒鳴ってきた。おいおい、ってかんじに目の前のやつは凝視している、のだろうたぶん。全然表情無いからわかんねえ。 手が引かれた。オレを対等と認めたらしい。よろしいといった意思表示で、オレは鼻をフンッと鳴らした。 「あなた、喋るんだね」 「こりゃまたバカな質問だな。あんたらが勝手に喋らねえって決め付けてるだけで、べつにそんなことはねえよ」 「あなた、口が悪いね」 「断定してんじゃねえよ、さっきから!」 「でもひとつはあってるね」 「ああ゛?」 「ひとりだね、あんたも」 ひとりだね、あんたも。何だか魅力的な言葉に聞こえた。一緒に奈落へ行ってみるかといっているようだった。そうだな、ひとりだ。言ったらおしまいだ。そんな気がした。 「おまえ、名前は」 「どっちの?」 「アホ、名前だ」 「だ」 「喋り方パクってんじゃねえよ」 「へー!猫でもパクるとか言うんだ」 「悪ぃかよ」 「べつにー」 ちょっと不服だった。人ってやつはいつもオレたちを猫、って呼ぶけど、うざい。正直言って、うざい。うざいとか言ったらまたこのって奴に言われそうだ。猫ってうざいとか言うんだ。だから猫って呼ぶな。おまえらが勝手に猫っていってるだけで、オレ等は猫じゃねえんだよ。 「べつにどうでもいいじゃん、そんなの」 「あ?」 「猫、それでもいいじゃん。わたしもじゃなくていい」 「……何でわかってんだ」 「どうでもいいじゃん、そんなの。わたしの存在も、あんたも、どうでもいいでしょ」 ひとりなんだから。 ああ、そうか、と不覚にも同感を示してしまった。のすすき色の目が笑った。冴え冴えとした冷酷な笑いだ。何でそんな笑い方するんだ、ってきいたら。ひとりだからって言うだろうか。 「どうやってここに来た」 「知ってるでしょ。そこの電柱と壁の間」 「なんでそんなとこ行こうなんて思うのかね。ただのバカじゃん」 「思い付きじゃないよ」 「……じゃあお前、知ってたのかよ?」 「もうひとりね、連れてくるつもりだったけど。カレー食べたら寝ちゃった」 「ひとりじゃねえじゃん」 「違う。ひとりだよ」 「なんだっけ、それ。矛盾っつーんだっけ?で、何でここきた」 「探し物だよ」 「だから何を」 ふふっと笑っての目は濁った。誤魔化していると分かった。 「ここにあんのかよ」 「多分無いね。でもみつけたよ、あんたを。名前、おしえて」 「無えよ」 「ネーヨ?マヨネーズみたいな名前だね」 「いや、違うんだけど」 「うん?」 「もういいって」 「じゃあネーヨ。あんたをみつけたから、それでいいじゃない」 「不毛だな」 今度はがははっと笑った。また猫の癖して不毛とか言っちゃって、とか思ってるんだろうな。オレは早く帰れと促した。ひとりじゃねえ奴は、ここにいたら駄目なんだからな。 「ひとりなんて、傍からみただけじゃ分かるわけないよ」 また、心を見られた。変な奴がいるもんだ。は今度、笑いもしなかった。冷たくて氷みたいな視線が突き刺さる。 は前を向いて、電柱と壁の間に向かった。どうやらやっと帰るらしい。 「ばいばい、ひとりぼっちのネーヨ」 ああ、ばいばい。ひとりぼっちの。 電柱と壁の間に千尋が挟まった。なんてバカなひとりぼっちだろうと、思った。今度はでも、オレの心をよめなかったらしい。 (06.06.23) |