だらしないほどに、口から垂れるよだれは顎まで伝う。悲しいほどに苦しみは響く。血は顔から噴出しそうになるし、頭は風船の様に膨らむような感覚がある。苦しい。だからわたしはやめてくれと、必死に榛名の腕に爪を立てるのに、簡単にも筋肉に圧される。
「ごめん、ごめん」
そう言うならば、やめてくれ。それとも何か、やめられなくて、ごめんとでもいう意味か。それでも、許したくないのに、わたしは許してしまう。だってこんなにも、気持ちが滾るのだから。
だから許してしまっても、仕方が無いだろう。
手がするり、と流れるようにほどけた。同時に空気は肺に一斉に流れ込んできて、いきなり呼吸を開始してしまったわたしの喉に、息はつまった。激しく咽ていると、このままでは首の粘膜がはがれ、血が出て、わたしは死んでしまうかもしれないとさえ思った。
顔を傾けて目に入ったのは、鏡に映る醜い自分だった。腕にはいくつも打撲の跡があるし、首はうっすら赤い跡がある。なんとも醜いのは垂れたよだれで、わたしは服の裾で、それを拭いた。
仰向けになって、榛名を見た。うずくまって、がたがた震えながら、小さくなってる。
わたしはため息をついて、仰向けになった体を更に脱力させた。
「榛名、もう大丈夫だから」
もう一度榛名を見たけどちっとも震えはおさまってはいない。それでも、死相が現れそうな顔はこちらに向けている。猫みたいな口が薄く開いた。
「ごめんな」
「謝ってばっかだ」
「俺、無理かもしんねえ」
「え?」
「いつんなったら、やめられんだろ」
続くことを意味していた。やっぱりこいつのごめんは、どっかずれてる。それにわたしも、どっかずれてる。
思わず笑ってしまった。やっぱりずれてる者同士、お似合いだってことだ。
「やめなくていい」
「、」
「それより、わたしをひとりにしないでほしい。わたしを、置いてくなら、いつかやめてしまってもいいけど、ひとりにしないって誓うなら、やめないでほしい」
いつのまにか涙が溜まっていた。こぼしたくなくて、耐えた。
わたしは知っている。結局はこいつにしがみついていないと、わたしは生きていけない。だからいつだって許すし、受け入れるし、必要にだってしている。
ごめんという言葉がまた響いた。なんで謝るんだろう。こいつは何を思って謝ったんだろう。もし、榛名は、戻りたくて、やめたいから、誓えないから、わたしを、置いていくかもしれないから、謝ったのなら。
わたしははじめて拒絶したいと思った。
でも術を知らないから、ただこの暗い、目を開けていても閉めていても同じようなこの部屋で、わたしは耐えられず泣いた。
(08.11.11)