「じゃあ決まり!叶ちゃん、織田君、約束!午前二時にススキ野原に集合ね!」
「いいけどさあ、望遠鏡は誰が持ってくるんだよ?」
「ああ、それやったら俺ん家にあったで!結構古そうやったけど、使えるやろうし」
「やった!完璧だね!あっでも、場所がフミキリじゃないんだよね…」
「じゃあもうやめようぜー。お前ら今何月だと思ってるんだよ?一月だぜ、一月!ぜったい寒いじゃん。しかも、なんで午前二時なんだよ?」
「そりゃあ決まっとるやないか。歌詞には、はっきり、午前二時、って書いとるんやから、なあ?」
「そーだよ!BUMP OF CHICKENさまの御告げでしょ?」
「御告げって…俺は宗教団体に入った覚えはねーぞ」
織田と叶と。この三人は、何を隠そう、BUMP OF CHICKENの天体観測、と言う音楽にはまっている。き
っかけはこの曲をブックオフで見つけたところから始まった。それからと言うもの、学校の違うこの三人は
夜な夜な織田の部屋に集まって、つまらない馬鹿話をしながらハンバーガーと音楽を貪った。
まだ冬の始まり。朝はとくに冷え込み、澄んだ空気が町を這う頃。突然が、私達も天体観測したい!と
くずりはじめた。それに乗り気の織田と、寒いから嫌だと言う叶の対立はすさまじいものであった。それを
がお願いしますの涙で、一気に勝利へと決め込んだ。
三星学園野球部の活動がミーティングだけといういかにもな今日、ついに天体観測をすることになった。
気がつけばまだ秋の香りがする。織田は道路に落ちていた落ち葉をみて、ふっと遥かに大人びた息使いをし
てみせ、望遠鏡を探すため家路に着いた。
* * *
「おーい!早く!こっちだよー」
「おー…まっ、まってくれー!」
「おい織田ーおせえぞ。遅刻だ遅刻。」
「しゃっ しゃーないやんかっ、ぼ 望遠鏡担いどるんやぞ!意外と重いし…」
「あーそうだね、お疲れお疲れ」
「なんやねんそれー。ハーーッ!さぶい!まあ、星ようけ見えとるな」
「織田が住んでたところとは大違いだろ?」
「んーまあ、悔しいけどそうやな」
「ねーねー早くっ!望遠鏡は?ねーったら!」
「あー分かった分かった!ちょい待て!おまえは子供か」
「だってー」
三人の秘密の場所、ススキの原で始まる天体観測。元は寒い寒いと嗚咽していた叶修吾も、寝袋に入れば
大人しい猫のようなもんで、その中で口をうごうご言わせながらせわしなく喋り続けていた。そもそも彼は
が『叶ちゃん』というおかしな愛称を意地でもやめない姿勢が、少し腹立たしいような喉元にひどく
引っ掛かるような不思議な気持ちが、心の底にあった。決して不快ではないが、幼い頃のまま時間が止ま
っているようで何年たっても成長は出来ない、そんな感じだった。
「ねーねー織田、これ何にも見えないよー壊れてるんじゃない」
「あほう、レンズに付いとるキャップ外してないやろ」
「ったくバカだなー。いつなったらその脳みそは成長するんだ?」
彼のつりあがった目に似合う、嘲笑するような物言いだった。
本当の気持ちを表には出せないもどかしさを隠す。そんな事ばかりが上手くなっていく、君。
「うるさーいー。ねーねー叶ちゃん、ほうき星ってどんなの?」
「お前知らずに言い出したのかよ!?信じらんねー」
「じゃあさ、いっその事別の星みよう!そのうちどれかがホウキ星かもしれないし、ね」
「なんやそれ」
「もはやバンプの歌詞、完全無視じゃねえのか」
「まーまー!細かいことは気にしない、気にしない!」
気にするさ、そりゃあ。何の為の天体観測だ。やる気まで無くすぞ、こりゃ。
彼女を除く二人とも、言葉には出さず心の中で同じような事を吐いた。あえて口にしなかったのは、彼女ら
しいという気持ちのほうがそんな愚痴より勝っていたからだろう。
「おっ!あれはきれいやなあ。結構デカいで、あの星」
「どれ〜、わっほんとだ。すごーい。ねえ叶ちゃんも見ようよ。キレイだよ」
「んー…俺はココア。そう、星よりもココアのほうがいい」
「もー怒るよ!後悔しても知らないよ」
「そーやで、叶。天体観測なんでが言い出さんかぎり出来るようなもんちゃうで」
「ねー織田、それってどういう意味」
「そのまんまの意味や、そのまんまの」
「こんにゃろーぐやぢい」
「おいおい、おまえ鼻声だぞ。そろそろ引き上げた方がいいんじゃねー?」
「いやー!まだ見る」
ほんまにわがままや。たぶん精神年齢八歳くらいとちゃうか。俺はまるで一人の子供と、叶ネコ一匹
飼っとる気分やで。に気づかれないように、叶にそっと耳打ちをする。耳朶にかかるその息はひ
どく冷たく、叶の外耳道を通り、体へと染み込んでいく。同姓である彼ですら頬が高潮してしまうほ
どであった。
「おい叶。本気で寝んなよー」
「おお…こんな気温で寝れねえよ。あーでもねみぃわ」
「ねえ叶ちゃん、織田」
「なんや」「なんだよ」
いつもならか細く、壊れてしまいそうなきゃっきゃという声のがいきなり低く、何かを警戒しているような言い草だった。
「私、明日引っ越すんだ。埼玉に」
口元がゆっくりと緩んだのを感じた。口元から漏れた白い息が、つかの間の雲となり漂う。その時に、
二人ともがまた同じように何かを理解した。彼女が泣いて天体観測をしたいとぐずった事だろうか。
「おい…、それで天体観測しようて、いきなり言い出したんか?」
「だって三人で最後に思い出作りたかったんだもーん」
いつもの彼女の口調に戻った。それでもひどく、何かを抑えているようにも見えた。こんな時、自分は
情けないと思える。忘れる事のできないあの春の練習試合、最後に自分を討ち取った投手達も、確か埼
玉の高校だという事が、一瞬頭をよぎった。あの時もひどく自分の頼りなさを恨んだ。それとよく似て
いる。今も震える彼女の手を、握る事さえできない。妙なところが、あの歌詞と同じシナリオになって
いる。
『三人で』そうだ、俺はと叶とずっと一緒に居られる。そう勘違いしていたんだ。毎晩、わざわざ
人の部屋に集まって、アホみたいな事して、って。
恋みたいなものこそ無かったし、ただ家族みたいに思っていた。三人で一緒に寝る事すら、何の抵抗も
感じなくなったのはいつ頃からだっただろう……。
もう、あの歌詞の様に三人でほうき星を探す事は出来ない。明日に『ろくに返事もしなかった』どころ
か、返事をするのを限りなく拒んだからだ。
もうすぐ会えなくなる。それだけが、ひどくリアルに突きつけられたいた。徐々に熱くなる自分の目を、
あふれた涙を、風が拭っていく。静寂を破るように、ズビッと鼻を啜る音がした。
「俺らだけの正座、作ろうや。ほんなら、埼玉でも見られるやろ」
「わっ!それいいね!さすが織田ー。ねー叶ちゃん、おーきーてーよー、風邪ひくよ!」
「るせーな。一番でかい星選べよな。忘れないよーに」
「じゃあ…私はーあれっ!」
「ほんなら俺は…あれやな!」
「あっそれ俺が選ぼうとしたやつ!じゃあ、もっとでかいの…あっ!あれにしよ!」
「ええか、あれが俺らの星座やからな。絶対忘れんなよ!死ぬまでやぞ!」
「「約束!」」
声が震える。指先はまた震えていた。寒さにではなくて、どうしようもできない溢れる感情に。
三人で肩を寄せ、抱き締め合う。
心配ない、大丈夫。私たちはずっと一緒、これからもずっと。
彼女のその一言がまた、俺たちの体を熱くする。
刻々と時間すぎる。輝く星、夜が空から剥離し、やがて朝がくる。
それでいい、それで。すべてを晒け出し彼たちの手を離そう。またねと、手を振って再び巡り合う日
をまつ。
だから、もう少しだけ……一緒に…
何かを惜しむように唇をぎゅっと、強くかみ締める。
二人のたくましい手が、彼女をあやすようにあたまをぽんぽんと、軽く叩く。
既に星は見えず、雲ひとつない空がどこまでも広がっていた。
三人天体観測
(初めての大切な人たちとの別れ。それでもまた、きっと、巡り合う…)
(08.03.19)
(きっと彼女が行く高校は、西浦になるんでしょうね。そしてマネジになり、再開あったり!?なは。)