蟻がきらいだ。正確に言おう、潰れた蟻の匂いが嫌いだ。 小さな小さなアレが潰れた後、自分の指先はこの世のものとは思えないほど悲しい匂いを放つ。 それはもうそれはもう、嗅ぐに耐えない。 「そう思わないわけ」 「あー何が」 「だからあんたは蟻つぶすのが平気なわけ?!」 「騒ぐなよ。うっせーだろ」 しゃがみこんでいる泉を睨み付けながら見下ろす。信じられない。 泉が落としたガリガリ君ソーダ味のアイスにわらわらと集る蟻達。とても哀れだと思う。「なんでアイス欲しいがために悪魔のもとへくるのかね」「さあ。殺して欲しいんじゃねーの」。ったくこいつは綺麗な顔してどうしてこうサラッと腹黒いことが言えるのかね。そう思っている間にも蟻は次々に死んでいく。 「泉、ほんとに平気なの、それ」 「いや、俺アリ食ったことあるし。それに比べたらよゆー」 「はあ!?何で」 「……田舎のばあちゃんとこ行ったとき、そこの近くの駄菓子屋でレモンスカッシュの飴買ったわけ。 棒付いてるやつな。んで舐めてる間にこれまじーってなって、見たら、中にアリがいたわけ」 「う゛おえええええ。嘘も大概にしてよね」 「いやまじだから。棒の所通って中まで来てた」 「で、その後どうしたの?」 「どうしたと思う?」 おいおいニヤニヤしてんじゃねーよ。どうせ泉のことだから、相当酷いイタズラをしたに違いない。 大体想像はつく。目には目をってやつだ。 「店の周りにアイス置きまくって、アリだらけにしたわけ。あ〜店んなかにも落としといたっけな」 さすが悪魔だ。恐るべし。 「三橋君なら絶対そんな事しないよね」 「さーな」 「いや絶対そうだって。あんたが悪魔なら三橋君は天使だからね」 「おいおいアレが天使ってお前どんな頭してんだよ」 「アリ潰しまくるあんたも頭イッちゃってると思うけど」 「……なあ」 立ち上がった泉は座っているわたしの影になった。手が差し伸べられる。指先から、今にも蟻の匂いがしてきそうだ。しかしこの手はどうしたものか。 「のアイスもくれ」 「え、やだよ。食べかけだし」 「ちげーよ」 「じゃあ何」 「アリをもっとおびき寄せるにきまってんだろ」 「…………」 「んだよ。睨まなくてもいーだろ」 「…………」 「お〜いさーん。生きてますかー?」 「蟻に謝れ」 (08.0826) (実自分と同じ体験だったりする) |