なんでだろうね。が聞いた。「なんでだろうね、梓君。なんで人って死ぬのが嫌なんだろうね」なんで人は死ぬのが怖いんだろうね。ヒュオ、とカーテンを裂いて教室に風が入ってくる。の細い髪がカーテンよりきれいにヒラヒラするもんだからオレは思わずほう、とため息をついた。

「ねえ梓君聞いてる?」
「え、ああ聞いてるけど」

そ、と言ってもほう、とため息をついた。けど、目は、オレを催促している。なんでだろうね梓君、なんでなの。手にじわじわ汗が滲む。

「何もわからなくなるからか?」
「うん?」
「死んだらそれまで生きてきたこと、なにも分らなくなるだろ。なにも考えられなくなるだろ。自分は何にもないのに周りは今まで通りなんだ。
 死んだら全部なくなるんだ。それ、怖い、だろ?嫌だろ?」
「梓君が感じることわかる気がするけど、思ってることを聞いてもらうために使う言葉って脆弱だから、ちゃんと伝わらないよ」

またヒュオと、と風が吹いての髪は揺れる。とても自然に、溶け込むように瞼を下ろす。背中に鳥肌が立つ。まるで電流が流れた様に。震えそうな声で、そうなったままかもしれないよとオレは言った。目を閉じたままは問い返す。

「わからないよ。もしかしたら瞼が透けて見えるかもしれない。それとも目の前が真っ白かもしれない、真っ赤かもしれない、真っ青かもしれない。真っ暗とは、限らないよ」
「不毛だよ」
「不毛?」
「そう」
「そうかな」

そうだ、不毛だ。オレは死んだことなんて、無いんだから。オレが話すのは、推測だけで、事実なんてひとつもない。だから聞いても聞いてもは本当のことをひとつも得られないから、とても不毛だ。

「梓君は死ぬのが怖いの」
「そりゃこえーよ」
「なんでかな」
「だからもうそれは不、」
「自分の死ぬときを知らないから皆、死ぬ時ばかりを恐れてるよね。なんで、死に向かう時間を恐れようとしないのかな」

の首筋に、汗が垂れる。

「……その、死に向かう時間が生きるってことだろ」
「そうかな」
は、死ぬ事よりそっちのほうが怖い?」
「そうだよ」
「そっか」
「梓君は」

は閉じた目を開けて、やっぱり風が吹いてくる。音のない風だった。生ぬるい風が、ふわり、揺れた。それに溶けるような声で、名前を呼ばれる。梓君。

「わたしが今言った事、不毛だって思った?」

突風が吹いた。あ、この、風はを揺らしている。この風が吹いている今もいつ終るかもわからないの命がひらりと散っていく。風は吹き続けて、の首筋から枝分かれしそうになる。オレはそこに手を伸ばして、この首をいっそ絞めてしまえばなんてくだらないことを思った。ああもしそうしてしまえばオレも死んでしまおうか。いや、違う。それこそ随分不毛。死に向かう時間に、こんなにもくだらないことを思うだなんて。も、思っただろうか。オレを殺してしまおうかと思っただろうか。それこそ不毛だと悟っただろうか。ぞわり、と体の温度が一気に冷える。それだけで理解できたきがする。
風はとまらない。それに紛れてオレも溶けるように言う。

「おもえない」


(08・09・06)