その御手には 森羅万象の力が宿る
どうやらオレの日常はゴールデンウィーク最後の日まで、野球漬けらしい。
「そりゃだって、三橋がいるチームに負けたんだから、しょーがないじゃ、んーらあっ!!」
それはまあ、そうなんだけれども。ってか球打つときのその変な掛け声、周りの人が引いてる。それにさーゴールデンウィークの最後の日くらいバッティングセンター行くのやめね?!そもそもオレ投手だし、バッティングより投球のほう優先っていうか。それを言うと、投げる球数が多すぎるのはだめにきまってるでしょ、と嫌な所に付け込まれるから口にしないんだけども。
幼馴染みのは、小学校時代に野球、中学時代はソフトボールときていたが高校生になった今は帰宅部。のくせしてバッティングセンターが溜まり場なのだという、まあ高校生女子にしては珍しい奴だ。
そんなは西浦と三星の試合をひそかーに見ていたらしく、オレは結局、最後の織田の打席であいつが空振りしたのを見たが「ああ゛っ!」と叫ぶまで気がつかなかった。たぶん、いや絶対に織田もびびったと思う。その後すごい剣幕でオレん家にきて「明日から特訓だー!」と叫んだかと思えば、翌日から練習終わり次第バッティングセンター出陣。織田は器用にを丸め込んで逃げまくっている。
それにしても一番端っこにあるいかにも女の子用のじゃなくて、普通にオレが投げるくらいのスピードの球をガンガン打つって一体……。
「つかさー何でおまえが打ってんの」
「ああーくそっ!やっぱなまってんのかなー……」
「聞こえないふりですかー」
「叶はもっと速いの打てばいいじゃん。140あたりとか」
「ふざけんなって!」
「そんなに野球がいやかっての……う、らあっ!」
「いやそんなんじゃなくて、ほらオレも野球意外にやりてえ事とか」
「叶は試合に負けて、悔しくないの?」
ほとんど本気で怒ってる感じに、オレはちょっとびびって悔しいって言えなかった。本気で悔しがってないからじゃない。言ったらはもっと怒る。
「わたしが中学でやってたソフトのチーム、当時の三星によく似てたし。高校いってもやりたかったけど、なんか嫌になった」
「なんで」
「ひとりでする楽な感じが、忘れられないからかな」
「でもたまに、織田とかオレと三角ベースやるじゃん」
「それはまた別ー」
ガンガン打ちまくるが哀れに見える。中学時代のを良く知っているから、よけいに。
「この前の試合、見ててむかついた。三星のみんなばかじゃん。中学のチームメイトによく似てた」
「んな事言うなよな。全員やりきれないとこあったんだ」
「うん、わたしにそっくりだった。でもやっぱ一番バカなのは叶だね」
「はあー?」
「三橋にやばいくらい固執するし、試合中口喧嘩はじめるしー」
「そ、それは!」
「でも……羨ましかった」
グリップをもっと強く握るのが目に入って、あの独特の、ぎゅううって言う音が聞こえそうだった。中学の三星が最悪の雰囲気だってのは結構耐えられなかったし、実際は耐えられなかったんだ。いくら点をとられてもタイムをとらない捕手。遊撃手のが声を掛けても適当にへろへろのボールを投げる投手。試合自体どうでもいいような、その他野手。
高校に入ればまたやりなおせるという希望を潰すほどのチームって、一体どんなだったんだろう。
「わたしも、あんなチームでソフトしたかったのにな」
「できるじゃん、今なら」
「やだなー。過去形過去形!叶の特訓に付き合うほうが楽しくなってきた」
「おいおーい、パターン逆じゃね?」
「だーかーら、向こうの打ってきたらいーじゃん」
「ええええええ」
まんざら嫌でもなかった。140キロ打つことじゃなくて、一緒にバッティングセンター行くのが楽しいって言われた事。一緒についてこない織田に、心から感謝している(気がする)。
「あーもう、ここのやつ安くて球数多いけど、クソボールばっかじゃん!叶、別んとこ行こ」
「なあ、」
「なに」
「オレ次の試合、絶対勝つからまた見に来いよ!」
カコンッとバットの置く音がして、こっちを向いたはにかっと笑った。
「あったりまえ!勝たなきゃ叶の全財産、バッティングセンターで使うから」
「はあっ?!そりゃないだろ!」
「えーだって勝つんでしょー?」
「勝つに決まってんだろ!」
「じゃあいいじゃんか」
あ、それもそうだった。自信が無いからじゃねえって言ったら、がまた笑って言い訳がましーって皮肉を言った。
きれいな手のわりには肉刺があるの手を握ったら、はもっと笑って何か思いついたような顔になった。
「ねえ叶の勝利の前祝に、そこのたこ焼きおごってよ!」
「はっ!オレの勝利はそんなに安かねえって。つーかがおごるんだろ、普通」
「えーいいじゃん別に」
「はいはい……あ、」
「どしたの」
「財布忘れた」
「はあああー?!」
肉刺だらけのの手が、ぎゅうううっと強くなって思わずいてててて、とか言ってしまった。でもそれは左手の話で、オレの右手を何も言わず大切にしてくれるは、何よりもずっと優しいんだと、オレは知っている。
心がぐっと、暖まるのを感じた。
守り人の御手
(やべ、熱っ)(結局あたしがおごるんじゃん)(あほへひゃふひょんひゅっきろうっへやふかは!)(何いってんのよあんたは)
(08.07.05)
(あとで140キロ打ってやるから!だそうです)