鳥を拾った。

その日は、肌に当たれば痛いほどの雨で、持ってきたはずの真っ赤な傘も放課後にはなくなっていた。



(生きてるんだ、この子も)



まるでその鳥は、私に何かを語りかけているようだ。からだは小刻みに震え、くちばしがかすかに動いて

いる。鳥を優しく包み、耳に寄せる。何をささやいているんだろう…。



まさに瀕死の状態だった――私と同じ、だ。はもちろん名前は無かっただろう。

怯えていた。恐れていた。憎んでいた、全てを。

16歳の夏。一番輝いている季節で、一番醜い人間達を見た。原因すら分からない―夏の熱帯低気圧の様

に、避けることは出来ない。一方的に勢力を増し続け、確実に直撃していった。





始まりは何とも、ありきたりなものから始まった。画鋲が上履きに入っていた。教室に入って、イスを見る。そ

こにもあった。机の中から鞄、ロッカーの中にまで。一週間に私が見つけた画鋲の数は、数え切れないほどあ

った。悲しくて、悔しくて、泣いた。それからと言うもの、上履きが消えて、教科書が消えて。友達だと思ってい

た存在さえも一片に離れていった。まるで全てを失った気分になった。世界が明日にでも終るようだった。



どうやら私は、過呼吸になったらしく、必需品に紙袋がチョイスされた。もしも紙袋が無くなったのであれば、

私が生き地獄に落ちることは容易かっただろう。しかし、彼女達はそれでは満足できない、まさにハイエナ。別

の方法で、私をなぶり殺すかのようにじりじりと谷底へ追い込んで行った。目が充血する事など、いつものことだ

ったし、腕から足まで青痣が絶える事は無かった。学校と言う名の戦場に強制出兵された私は、特殊部隊の必

殺武器に負けないように、必死で身をかがめるほか術は無かった。みすぼらしいことは、もう分かっていた。生き

るのに必死だった。





鳥を両手で優しく包み、学校へ引き返した。もうすぐ夜で、雨はすでにやんでいた。屋上へ向かい、フェンスをよじ登

った。針金が私の手を切り、鳥はいっそう赤くなった。

今でも思い出す事が出来る、この日を。ほほを蒸した風が通り、スニーカーのすぐ前には、うすっぺらいジオラマな

世界があった。

腰をかすかに上げ、両足のかかとだけで体重を支えた。その時、また鳥が私に何かをささやいた。理解できたよう

な気がした。

こんな事を言ったら、彼女達は笑うだろうか。いつものように、私を蔑むようにニタニタと。また、準太でさえも。笑うだろうか。

無意識だった。鳥を乗せた片方の手に、もう片方の手を載せる。息を吸って、ゆっくりとはく。手がカタカタ震えている。でも、

不思議と怖くはなかったし、怯えてもいなかった。

両方の手に、すべての力を込めた。

 



なんとも痛快な音がなった。グシャッでも、グチュッでもなかった。

今まで聞いたことも無いような音は、私の鼓膜に粘りついた。命を、初めて自分の手で殺めたというのに、涙はなかっ

た。罪の意識すら。この方が鳥は幸せだったのよ、と自分に言い聞かせた。

真紅に染まった両手は、とても美しかった。
雨は既に、やんでいた…





鳥かも分からなくなってしまった、血肉の塊が手からこぼれ落ちた。この鳥と無理心中しようとさえ思った。

けれど、この鳥を眺めているうちに、私を吐き気と恐怖が襲った。

私は死ぬ覚悟さえ、本当は出来ていなかった。

何より、あの時。準太の言葉が私の頭を貫いた。一瞬さっと吹く、風の様に。



(お前は強いよ。俺はお前が誇らしい、だからお前には生きて欲しい。いや…生きろ)


生きろ…それはどんな暗闇をも照らす、薄汚い言葉の礫をもしのぐ、すばらしい盾。

この言葉に支えられていた。

夕焼けは、色褪せもうすぐ夜が降りてくる。



アバラッド

(私は土を掘った、血まみれの手で。)









(08.02.27)







(準太以外でもいいような…?)