目の前にいる子に、おはようと話しかける。その子はやっぱり、ぷいと顔を背けることも、うざっていう事もなく、素通りしていく。 わたしは虚ろな目で彼女を見て、次の子に、おはようと話しかけてみる。同じ反応だから、わたしは絶望する。 ぼーっとしていると、わたしと同じことをしている人が目に入った。いまにも泣きそうな、怯えて震えている子が。 わたしはその子に近寄って、おはよう、と言った。 すると彼、は、「お おはよ、う!」と言ってくれた。にこりと微笑むと彼もにこりと微笑んだ。わたし達を素通りしていく人たちの中で。 よく見ると彼の目は光っていて、少し眩しい。 「わたし達は、透明人間なんだね」 こくり、と彼は頷いて、ぎゅっとわたしの腕を掴んだ。見た目からは想像もできないくらい固い手のひらだった。 誰かが彼の肩にぶつかった。びくっと彼は怯える。ごめんなさいと謝ったのに、やっぱりぶつかった人は素通りしていった。 泣きそうになる彼の頭をやさしくぽんぽん、とたたく。顔を上げた彼の目は、わたしにすがる様だった。 「わたしたちは透明だから、だめなんだね」 そう言うと彼はさっきよりも深く、こくりと、頷いた。そして普段のオドオドした喋り方とは全く違う口調で言った。 「でも君も、透明人間だから、ずっとずっと、怖くなくなったよ」 わたしは泣きそうになった。それでも素通りしていく人の中で、わたしは希望を探している。 嗚呼やっぱり、わたしたちは、





彼女はすがるような目をオレに向けて、震えて、言った。 「どこにもいかないでよ、わたしは、君がいないと、怖いのに」 それはオレも一緒だった。ずっと一緒に生きてきた、透明人間と離れるのは怖かった。 だから埼玉に行くと決まってから引越しする今日まで、何もいえなかったんだ。彼女は埼玉に行くんだといった瞬間、死んだ人みたいに固まって、それからしばらく瞬きもせずにオレを見ていた。 やるせない。オレは救ってもらった人間なのに。卑怯だ。彼女が居て、僕は生きてこられたのに。 オレは自分の手で、彼女を置いてけぼりにするんだ。 「いかないでよ、わたしは、君が居いないとまた……もどってしまうよ」 「っ、泣かない、で」 「君も泣いてるよ」 「……うっ」 オレはどこまで弱いんだろう。なんでこんな時にまで彼女に救われているんだろう。消えかけてしまいそうなのは、彼女の方なのに。 彼女はあの日オレがしたように、腕をぎゅっと握った。はっと顔を上げると、泣きながら笑っている彼女が居た。でも彼女の顔はすぐに強張って、最後には無表情になった。 「もう、いいよ。いつかは離れなきゃならなかったんだ。わたしは、わたしは……」 すっと息を吸い込んだ彼女が、僕を見据えた。「もう君を見ない。君はもう、透明人間じゃないから」 「ちが、うよ!」 「違わない!」 突き放すように、彼女は言った。いままで一度も見たことの無い、険しい顔だった。 「わたしは一生このままでいる!わたしは、絶対に、逃げない」 「…………」 「だから君も、一生わたしを見ないで。あなたは透明人間じゃなくなる」 一瞬さっきよりも強く腕を掴まれた。顔をしかめると彼女は苦笑して、すぐに腕を離した。 「もう行って。さよならだよ、もう」 「い、いやだ、よ!」 「もうやめて!」 彼女は激しく怒鳴って、きつくきつく、拳をつくっていた。かみ締めた唇からは少し血がにじんでいる。瞬間、置いていってはいけないという本能のような思考が頭の中によぎった。 でももう、引き返すのは遅すぎだった。彼女の目は、既にオレが見えていなかった。まるで蓋をされたように、目には光が無い。ただただ、あの日と同じ虚ろな目をするばかり。 「さようなら、廉」 そういって笑った彼女は、ほんとうにオレが見えていないらしい。終焉が波になって押し寄せてきた。 オレは逃げるように駆け出して、はしってはしってはしった。終焉の波に呑まれながらも、ただ駆けたのだ。 オレはあの日いた、オレ達を素通りする人たちになってしまった。オレはただの人間になってしまったのだ。 でもオレの心はただただ虚ろなばかり。それは彼女の目よりもまさる虚ろさだ。やはり人間にはなりきれないらしい。 嗚呼やっぱり、今も昔も、オレ達は、

(08.07.17)