同性愛なんてものにわたしは全然抵抗がない。だからといってわたしは女を好きになろうなんて思わないから結局はどっちなんだといった感じだけれど。ともかくわたしは同性愛には抵抗が無いということは確かなことで、別に阿部が三橋を好きだからってわたしにとってはどうでもいいことに思える。

けれどもわたしは嫌悪していた。

それはとても簡単な答えで、わたしが実らない恋を阿部にしているからとでもいったほうが、俗にいうベタなやつだなってことでまあ終るだろう。相手が同性愛ならどうだろうか。あべ、すきなんだよ。ごめん、オレ三橋が好きなんだ。と言えるだろうか、阿部は。無理だ。わたしなら無理だ。翌日は同性愛者として、学校に祭り上げられるだろうから。普通の事だ。
ただわたしは、阿部は三橋が好きだという事に勝手に気づいただけなのだ。確定できる根拠や証拠は無いが、でも知っている。口外するつもりは毛頭無い。そこらのうざったい女とか、くどい男とは違うのだ。阿部が三橋を好き。それだけでいいじゃないか。

それでもわたしは嫌悪している。

醜い自分にはもっと嫌悪している。というよりも愛想が付いた。目をきつく閉じた。すきで通している阿部が瞼の裏に映るけれど、傍らには自然に三橋の姿がある。三橋はどうだろうか?阿部が好きだろうか?彼も、同性愛者だろうか?疑問符ばかりが浮かぶ考えの中、確かなことがひとつだけあった。

阿部は三橋に気持ちを伝えない。

知っている。なんでだろう。言い切るのは愚かな事だろうか。でも知っている。阿部は案外やさしい。何かと人のことを気遣ってくれる。一部の人間にだけれども。それ以外の人たちにはなんというか冷酷な感じで、面倒くさがってるようにみえる。そんな人間達の中で、阿部のもっとも大切な人が三橋だとしたら気持ちなど伝えないだろう。三橋のことを考え、考えた故に伝えない。

そういうところに嫌悪している。

いっそのこと、砕けてしまえばいいじゃないか。つまらない建て前も常識も砕いて伝えればいいのに。臆病者め。ああだからわたしはこんなに嫌悪しているのか。自分の愛した人が臆病者だという事が、こんなにも気に入らないのだ。阿部に気持ちを伝えないわたしが、彼と同じ臆病者だというのに。


だから伝えると決めたのだった。


場所なんて覚えていない。幼年期の思い出の様に風景はおぼろげだ。でも声だけは鮮明で、口の動きまでもが鮮やかな記憶として残っている。呼びとめたのは、当然のようにわたしだった。

「ねえ阿部」
「ああ?なに」
「すきだよ」

直球だった。ほんとうに三橋が投げるストレートよりもずっとずっと速い、直球だった。おぼろげな景色の中でひときわ鮮やかな阿部は、表情を崩す。怖気付いているようにも見える。それはわたしの予想していた通りの顔で、こうも思いどうりのものになってしまうものかと感じれば笑いこそせり上げてきそうだ。それは自分が弱者ではないのだと笑う者の優越感だというのに。

「わりいけど」
「しってるしってる。別に同意を求めようなんて、そんな無理なこといわないから」
「……」
「変な顔。わたしはただね、阿部と違うってことを証明しにきただけだから」
「なんだよ、それ」
「知ってるんだ、わたし」



阿部は三橋がすきってこと



阿部の顔から、色が無くなった。白、じゃなくてほんとに透明。だからそのときの阿部の顔は覚えていない。

「おまえ……なにいってるんだよ」
「ほらね、臆病者だよ。わたしはあんたと違うって、臆病者脱退宣言しにきたんだよ」
「なんだよ、それ」
「安心して。わたし別に同性愛とか全然抵抗ないし、誰かに言おうなんて死んでもしないから。臆病者とは、違うから」
「……何なんだよ、おまえ」
「勝者かなー」
「うぜえー」

最後阿部はちょっと笑っていたと思う。三橋に向ける屈託の無い笑顔とは格別の違いだったけれど。

「ありがとな」

それだけ言うと阿部は振り向いてどこかへ行く。所詮阿部の眼中にわたしは入れない。その証拠に目の前の彼は振り返りもせずただまっすぐに進んでいくでしょう?



わたしの嫌悪は嫉妬へ変った。



瞼が開かない。いつまでもあの笑顔と声を残しておきたい。艶やかに残る一生の宝だ。あの時の笑顔も声も、たしかにわたしだけに向けられていたものだから一生残る。瞼を開けることに怖気付く。
それは目を開けると醜いわたしと現実が待っているから。


(08.05.27)