死ねくそやろーって言葉から始まる朝ばかりが続いていた。こんなんじゃ朝ごはんもろくに食べられやしない。欠伸と一緒に命一杯、背筋を伸ばす。死ねー馬鹿野朗ーくそー殺すー。ああ、もう、うるさいな。罵る声に銃声ばかりが耳に飛び込む。あの人たちは、狂ってる。耳を塞ぐ気も失せていた。
一階に降りていく。母さんも父さんもいない。家族は崩壊済みだ。変わりに賞味期限切れの牛乳とカビの生えたパンが置いてあった。ほんとに食べられないじゃん。そろそろ調達の頃かな。ドアの向こうは、戦場だ。殺戮だ。ご用心ご用心。
コンビニで拾った牛乳とパン、ついでにアイスを持って公園に向かった。左手には風穴が開いている。さっき流れ弾に当たった傷だ。不思議だけれど痛くはないから、まあ放っておこう。
ベンチに座る。蝉時雨が降り注いて木の葉影の隙間からは、日差しがさす。ぎらついている。太陽もあるが、それ以外のせいでもあるだろう。
暑い。こんな時にでも夏はあるのかと、静かに驚く。となりのぎらついた拳銃を、血まみれの手で持った。バーン。言葉よりも銃声は遥かに大きくて、手なんかびりびりして、これまた驚いた。けれどなにより驚いたのは、開放された弾丸が通行人に当たりそうになった事だ。その通行人が阿部だということにはもっともっと驚いた。ものすごい人相の悪い顔で、こちらに近づいてくる。
「おいあぶねーだろーが!オレを殺す気か?!」
「いや、そんなつもりはなかったんだけど」
「うざ」
「あーはいはい。あんたのクールな毒舌にゃあ慣れてるかんね。そういえば、今日野球はー」
「おまえボケてんだろ。んなもんとっくに無くなったっつーの」
「ああそうだったね。あんたらの夏は無くなっちゃったもんね、はは」
銃をひったくられて、おもいっきり、投げ捨てられた。遠くにぎらついて飛んでいく。さすが元キャッチャー。肩あるねえ。まあ今となっては野球なんてほんと意味無いんだろうけど。クリームパンを頬張る。あーなんだろ。意識遠いな……。
「おま、それどうしたの」
「は?ああ、クリームパンね。コンビニにあるじゃん、普通に」
「いや、ちげえよ」
阿部が顎をしゃくった。わたしの傍らに、何かあるのだろうか。一瞬、何を見たのかわからなかった。さっきの銃以上にぎらついていたからだ。血だ。血の水溜りだ。さっき開いた風穴から溢れ出ている。だからか。だから意識が遠かったのか。痛くないし、暑いし、全然気づかなかったよ。
――やっぱわたしも、狂ってたか。
「さっき、なった」
「はあ?!馬鹿だろ、おまえ」
「ねえ阿部。そこのビニール袋の中取って」
「シカトかよ。へえへえ……ってアイスかよ」
「開けて。最後に、それ喰う」
「……やっぱおまえ、馬鹿だわ」
わたし好きなんだよね、ガリガリ君のソーダ味。いつもみたいに笑って言ったつもりだったけど、顔がひきつる。わたしの前に、アイスが突きつけられた。こういう渡し方は全然気にいらないんだけど、まあ最後までそんな事言ってられないよね。かぶりついたアイスは冷たくて、歯にしみた。知覚過敏だなこりゃ。アイスを食べてるとだんだん涼しくなってきて、それは血が少なくなってきているからなのかは不明だけど、やっぱ夏だ。
ねえ阿部、あんたへのすきはガリガリ君のすきとは違うんだよ何て長い台詞を言うには、もう手遅れだ。
阿部が血まみれのベンチに座って、わたしからアイスをひったくって口にくわえたとき、なんだかさっきよりも自然に笑えて、嗚呼ほんとうに。
さいごの夏は酷だな、そう思った。
(08.05.19)