「一体何人殺したんだ」
本当に、自然に口から零れた問いだった。朝ごはんを食べたり、学校へ行ったり、歯を磨いたり……そんなあたりまえのことのようだった。
けれどもそれは、刹那にして後悔することになった。のどの奥がひうひうと呼吸を荒らす。後悔してもやっぱりそれは既に遅くて、の顔を見るのが恐ろしくてたまらなくなっていた。だけど。その言葉が続いた。だけど、知りたい。
はしばらくオレを見つめ、微笑んだ。
「阿部、気づいてたんだね。そっか、そうだったんだね。わかった、教えてあげる。なーんてね……覚えてないよ、そんなの。数え切れないほど殺したから」
「そんなに殺して、平気なのかよ」
「それがね、何も感じないんだよ」
「そんな……嘘だろ」
「ううん、ほんと。何にも感じない。最初のうちはね、抵抗はあったよ、もちろん。でもね、ふたり、さんにん、よにん……そこからだんだん楽しくなってくるんだよ。でもね、そっからよにん、ごにん、ろくにん……ずーっと殺していくと、何にも感じなくなるんだよ。たいがいの人は、そのへんで狂うと思うけどね。でもほんとに、蚊を潰すことと同じくらいでね。何にも感じなくなる……そしたらね、」
自分も、死ぬことが怖くなくなるんだ。
それが嬉しくてたまらないというような視界を空中に漂わせて、はいった。しぬことがこわくなくなるんだ。彼女はほんとうに、死になにも感じなくなっているのだろうか。は自分が死ぬことを、朝ごはんを食べたり、学校へ行ったり、歯を磨いたりする。そんなあたりまえのようなことに感じているのだろうか。
が自分のもとへと近づいてくる。その動きは歪な操り人形のようで、オレは思わず身を引いた。
「阿部もね、あなたなら、大丈夫。そういう目してるもの。わたし達みたいな人間は、すごく稀なんだよ。あ、怖がってるの?大丈夫。わたしは阿部のこと、殺さないから……」
が笑った。冴え冴えと、凍りつくような目をして笑っている。腰から下の力が抜けた。その場に倒れこむ。
殺す事よりも……何時からおまえは死ぬことを恐れなくなったんだ。
が背を向けて歩き出した。その背中も、冴え冴えとオレを笑っている気がした。
赤の訪問者
(08.06.17)