なんだこれ、鎖か?

部活であまりにも疲れた体を、シャワーも浴びずに、ベッドに沈める。体があまりにも重たすぎる。まるで自分が鉛にでもなったようだ。どうせならこのまま、沈んで
いきたいとさえ思う。ベッドを突き抜けて、床も、地面も、全部。下からコースケと呼ぶ声がした。どうやら風呂に入るか飯を食えかと促しているようだ。適当に返事
をする。ああ、だるい…もうどうでもいいから、ただ、眠りたい。全部忘れて、何も思い出せなくなる。あいつのことも……

             

「……す け……こう すけ……こーすけ!」
「あー……んだよおふくろ。飯はいいから、寝かせてくれよ」
「はー?何言ってんのさ、わたしはあんたのママなんかじゃないよ」
「え、てか?何でオレん家いるんだよ」
「なに、寝ぼけてんの?夢でも見てるんじゃない?」

そうだよ、夢だろ、これ。だいたい、オレはさっきまでベッドにいただろ。なにのここは海じゃないか。上には鷹までいる。甲高い声だ。
あのときが嘆いたときと同じ声で、シンクロし、頭の中でこだまする。思わず耳を塞ぎたくなる。ほら、また鳴いた……よく鳴く鷹だ。

「こーすけ」
「んあー?」
「野球って、そんなに楽しい?」
「ああ、もちろん。最高だね」
「だからなのか、な」
「……何が」
「野球のせいで、こーすけばっかり、仲間ができるのかな。なんでこーすけばっかり、幸せになっちゃうのかな。そんなんなら……」
「、オレはべつに……」
「そんなんなら、野球なんてなくなっちゃえばいいのに」
「……」
「おいてかないでよ…こーすけ」

鷹が鳴いた。甲高い声だ。おいてかないでよ…あの時が嘆いた言葉だ。これ、本当に夢か?やけにリアル。ぽろり、との目から涙が
零れたとき、もう一度鷹が鳴いた。おいてかないでよ。その言葉を裂くように、再び涙がちぎれ、とめどなく溢れ、オレを飲み込んでいった。

         

コースケ!と、おふくろの怒鳴り声が聞こえた。いい加減にするよう言われた。夢だったんだ、やっぱり。がらにも無く、泣いていたようで、枕がぐっしょり濡れている。
のほうが、毎日こんな思いをしていたのだろうか。床に転がり落ちているケータイのランプが点滅している。メールが来ているようだ。なんとなく、誰からかは分かっ
ていた。ディスプレイには、と、メールの送信者の名前が表示されていた。手が震えている。このボタンを押したら、本当に全てが終ってしまいそうで、怖いんだ。
目を閉じる。真っ暗になって、何も見えなくなる。そして、何も考えられなくなる。その思考回路の狭間で、半分意識的に、半分無意識に、ボタンを押した。ゆっくり目を 開ける。まぶしくて、ディスプレイ内の文字がぼやけて見える。目をこすっていると、だんだんはっきりしてきた。



"こーすけへ  もうわたしのことはわすれていいからね。じゃあね!"


馬鹿やろう。おいてかないでって言ったのは、おまえのくせに。何、強がって、適当な文に見せかけてるんだか……馬鹿やろう。また目の前がにじんでいって、
何にも見えなくなる。ぽたり、とオレも涙を流す。
別にさ、ずっと一緒にいられると思うほど、子供じゃなかったけれど。でもずっと一緒にいたいと願うくらい、子供だったのかもしれないな。
ただ思い出すには、あまりにも漠然すぎるように思えた。オレは逆においていかれたのかもしれない。
おふくろの怒鳴り声は、いっそう大きくなっていた。
まってくれよ、もうすこし。オレをおいていくなよ。口に出したところで、あの鷹のような甲高い声は出なかった。


(08.04.25)