掴めそうで掴めないだなんて、このうえなく不毛だ。
ドンッ。右肩にぶつかったという確かな感触。それと同時に、ドッターンという音が廊下に響く。
「痛ってえな……誰だよ?!」
「おいおい、そんな怖ぇ顔しなくても」
いや、だまれ和。おまえは逆に良い人すぎんだよ。
悪魔慎吾は心の中で呟き、ぶつかってきてごめんなさいの一言も無い奴に、一発渇を入れてやろうと下を向いた。
絶句、そこにあったのは異常な数の散乱した菓子パンに、飲み物……そして、ネコ耳らしきものがついたニット帽をかぶったちっさい奴。
誰じゃこりゃ?いや、分かりきった事だけど。あえていってみただけだ。
「ねぇ、大丈夫?お、じゃんか」
「あれえ、和さんじゃあないですかい。なぜここにいる構えですかい」
「え、いやあ、それより……」
「それよりって?あ、慎吾さんじゃあないですか。わたしにぶつかっておきながら、ごめんなさいの一言もいえないようじゃあ、サル以下の脳みそですよ……あり、」
「……ゴラァ!!」
そのすさまじい威圧感とは正反対に、ペチコーんというなんとも、ちゃちな音が鳴った。強く叩いたはずはない。それなのには、痛い、しぬぅぅぅ!と頭をかかえ
暴れまわった。ああ、やっぱり狂った奴。それを制御するかのように、和がニット帽越しに頭を抑える。
ピタリ。あからさますぎるの態度に、今度は本気でしばいてやろうか。と島崎は心の中で、嘆いた。
「で、何してるんだ、こんなところで。はこんなにパン食うのか?」
「もちろん。このメロンパンは利央からもらったんだす」
「(だ、だすって……)」
「そりゃあ嘘だな」
「なは、バレた?」
「なになに、どういうことだよ?」
「利央はメロンパンが大好物。それをいさぎよくなんかに渡すはずがねえ。ようするに奪ったんだろ」
「ピンポーン!で、こうして変装して、逃げ回ってるんだす」
「(ま、また、だす……)で、そのネコ耳帽子をかぶっているわけだ」
「違うのです、これは羊です。勘違いにもほどがある、うん」
ああ、なるほど。このチリチリふわふわ真っ白感が、ひつじってわけね。とえらいお気楽な和らしい返答だった。なんだかな、心が疼くし、あきれる。
心の静寂をやぶるように、「ー!」と叫ぶ、利央の声が聞こえた。ビリリ、目の前が紙の様に破れるような幻影がみえた。
うぎゃ、というのひとことだけで、現に戻されたのは不覚だった。ほんとに。
ああ、もう。のほほん和に、おばかな、さらにはうるせぇ利央。
さすがに頭いてぇ。
「ー!!!!!!まちやがれぇぇぇ」
「ぎゃあーみつかったあ、みたらしんごのバカやろう!」
「は?!オレかよ?」
「そーだよですよ、仁義無き戦い中だったんだー」
「だいたいみたらしんごってなんだよー!?」
「(や、やべ……つぼだっ)」
パンを無造作にかき集め、ニット帽の中に必死で押し込もうとする様子を、まじまじとみつめる慎吾、そして笑をこらえる和。
そうしている間に、利央が追いつき、に飛び掛ろうとしてきた。獲物を狙う、イレイザーのようだ。言っておくが、消しゴムじゃない。
それをひょいっと、ネコの様に飛び跳ね、かわす。そんなときでもこいつは無表情だ。不吉の象徴、黒猫みたいだ。
こんなの身のこなしだけは、さすがに感心してしまう。それだけ、な。
「おっさき、りおーう。そしてみたらしんごに、和さん。さようならい」
「あっまてこんにゃろーっ!!メロンパン返せー!!!」
一年分くらい、年をとった。こんなんじゃあ、あと一週間もすれば死ぬかも。案外本気で思った。
どんどん遠くなるの背中。それを隠す利央は、少しだけうざかった。
「ははっな、んだかんだか掴めねえキャラだよなって。野良猫みたいだし……表情ねぇのに、あほだし」
「あれでも一応、笑うには笑うだろう」
ヒュゥーッ。かろやかな和の口笛は、一体何を意味していたかな。それにしても、何を喋るにしても無表情のは、やっぱり不思議だ。ほらまた。こっちを、ちらりと振り向いたあいつの表情からは、何も読み取れない。
時折にんまりと笑うのも、不思議だ。和の言う通り、つかめてないのかな、やっぱり。だるいよな、この不毛感。
が落としていった中身の飛び出たクリームパンを、わざわざ一年教室に届けに行った。やはり、利央との仁義なき戦い中だったので、そいつを利央の顔にぶちかましてやった。
猫 観 察 日 記
(案外もろいかもしれない、この愛しい日常)
(08.04.16)
(桐青の日常ふうみ。+αに不思議ふうみ。ちなみにマネジ設定)