青き空に広がる白 それはもはや叶わぬ夢


次々と起こる台風、地震。異常な気温の変化、狂う人々。どっかのお偉い科学者だかなんかが、このままでは世界が終る。だなんて言っていた。 そんな事とっくに知ってるんだよ、ばーか。
今、町には、白目をむいている人もいれば、ろれつも回らずに喋っているひともいる。いろんな異常者が生まれていった。 既に、わたしの親戚やいとこや友人。更には両親に姉まで、狂ってしまった。 さんざん狂い、あげくのはてには、家を出てさ迷い歩いているのだ。帰る家すら忘れてしまったのだろう。 人類の進化と共に、人が生み出した疫病。どう感染するかは分からない。ふいに、私が持っているホラー映画のDVDの内容を思い出した。 血から血へと、ウイルスが移り、感染してゆく。思い出しただけでおぞましい。 けれど、それに近いものが、今世界にはこびっている。 最初は動揺したけれど、今では如何って事は無い。夢なら覚めてほしいけれど。





疫病に感染した人で埋め尽くされた町を歩き、学校へ向かった。無論、まともな人間がいるかどうか、分からない。 がらんとした校舎。いつも以上に風が吹いている。靴を履いたまま、教室へと向かう。 扉はいつものように、ガラガラと音を立て開いた。誰かいる。

「わ!阿部だ」
「え、ああ、か……」
「その様子じゃあ、阿部もまだ、大丈夫なんだ」
「まあね。家族とか、全員だめになったけど」
「わたしもだよ。みんなどっか行っちゃった」
「崩れてる」
「え?」
「俺らの世界が崩れてるんだなって、感じた」
「ははっ、何を今更言うかと思えば。そんなこと、とっくに分かりきった事でしょ。今の状況、わかってるよね」
「わかってるよ、当然」

とっくの昔、人間が生まれたときから、知能高きものが生まれたときから、均衡は崩れていたのかも。今更正常な人間があつまり、話し合ったところで、どうこうなる 問題じゃないことは確かだ。こんな時、人間はなんて無力なんだろう。

「なんだかなあ……意味あったのかな、生きてて」
「まぁ、自己満足程度には」
「そんなものかあ。それに、そろそろ……」
「何が」
「わたしたちが感染するまで」
「かもね」
「なんでそんな落ち着いてられるの」
「やっと正常な人間に会えたから、かな。それだけで、なんか、安心できるよ。希望ってやつかな。まだ正常でいられるかもっていう」
「変なのー」
「るせえよ。でもまあ、怖いよな。あんなのになっちまうのは」

みんな同じだったんだよ、それだけ言っておいた。恐怖なんてものは、口に出したらもっと恐ろしくなる。わたしはただ、生きてるだけでよかったのにな。 愚民でも、凡人でも、何でもいいのに。

「最後に、」
「なにが」
「だから、最後にキャッチボールしたい」
「これまた。安い望みですこと」
「いいんだよ、もう。欲なんか、なくなっちまった」
「じゃあ、グラウンドいこっか」

阿部はキャッチボールだというのに、ミットを使っていた。わたしの遅い球でも、良い音を鳴らし取っている。一球一球、球の感触、音を感じ、それを惜しむように している阿部は、美しい。なんとなくだけど、阿部が最後に、本当にしたかったことは、野球なんだろうな……と思う。

ボテッ。阿部の手からボールが零れ落ちた。

「阿部……?」

呼びかけても、返事は無い。私なんかお構いなしに、ふらふらと校舎の出口へ向かっていく。脱力した彼の手から、無様にミットが落ちた。 阿部も、感染してしまったんだ。驚きは無かった。分かりきっていた事だ。 ミットの方へと歩み寄る。使用主がいなくなったミットは、よく手入れされていた。あんたは最後まで愛されていたんだね。羨ましい。

ぽたっ、と目から流れた涙はグラウンドの砂にあっという間に吸い込まれ、消えた。
もうすぐ見えなくなる彼の背中に、さよなら、それだけを呟いてみた。



(なんだかな、君までいなくなったんだね)


(08.04.07)