「ずるいんですよ、市丸隊長は」
銀髪の男がしれっとした顔で振り返った。まさに、何が?って顔だった。何がって、ほんとあなたはしらばっくれるのがお上手で。
ついさっき、あなたが話した真実に対して、何が、とは無いでしょう。
「わたしも、わたしも藍染さんや東仙さんと、隊長と、一緒に行かせて下さい」
「それはあかんよ。僕がにこの事言っただけでも、十分や。それに、まで虚園に行くなんて、あとでどうなるかわからんやろ?」
「じゃあ何で、ルキアさんの処刑について全部を語ってくれたんですか」
「に何も言わんまま行くんも、なんや悲しいからなあ」
採光に反射して光る銀髪がわたしには眩しすぎる。いつもはそんなはずもないのに。それは無意味に終焉を予期しているのだろうか。もう少しわたしと同じように惜しんでくれても構わないのではないか。
なのに目の前の人はこんなにも容易く終焉を予期して、突きつけてくる。
「だからずるいって言うんです」
「別にそんなつもりで言うてんのとちゃうで?」
「あなたは、わたしが一緒に行きたがることも知っていて、ここに居ても実行されるまで誰にも口外しないとも知っている。なのに全部を語るんです。ずるいんですよ、何もかもが。わたしの心をを戒めようとしているのか、それとも奈落に落とそうとするのか。卑怯で、とてもずるい」
「かなんなあ、には。でも一番、はええ子やで」
「それもずるいです。それは他にいらっしゃるでしょう」
「ほんまかなんなあ。お手上げや、には。でも一番ええ子やって言うのは、ほんま」
目の前の人はいつもと変らずにこりと笑い、骨張った手を頭にのせた。やめてくださいよ、そんな冗談も。吼えるわたしも、結局は何も出来ない。期待を裏切ることが出来ない。口外すれば済む事だ。それが出来ないのは従来、わたしの心に宿っている服従心がそうさせるのだ。洗脳ではなくて自らそう望んだのだ。
「その目は、いつも笑っているその目は、何も見てはいないんですね」
「……」
「ほんとはわたしを透き通って、もっと先を見ていられる。それは何も無い、空虚なものです。だから、もっと……見て下さい、わたしを。在る者を、見て下さい。見る事はとても、大切なことなのに……」
「、」
哀れみも、慈しみも、わたしを欺き通せないという諦念も含んだ目がわたしを見た。それでも、違う。それはもっと先にある。そんな人にわたしは哀れみを貰うほど、強靭ではないんです。
涙が出る。服従心を据えた人の前で涙を見せるのは初めての事で、それは遥かに重い終焉を意味している。
「そんな泣かんとって。今日はええ天気やし、そんな涙出したら太陽で光って、眩しいわ」
「すみ、ません」
「ほらもう泣き止んで?」
「わかっています……」
「大丈夫、いつかちゃんと、帰って来る」
帰って来る?嘘です。まだわたしを欺こうと、笑顔までつくって幼児をあやす様な言葉を発する。そう諭そうともしないでほしい。帰って来るとしてもそれは此処を崩壊するがためにやってくる。ただいまと、そんな帰り方はしないのでしょう?
涙がぎらつかないように拭いた。これ以上終焉を晒したくない。
「そういうところが、ずるいんですよ」
薄く声も出さずに笑った目の前の人は、またねと言って去っていく。またね、じゃあないでしょう、隊長。さようならです、永遠に。最後までずるい人ですね。執拗にずるいと真実を押し付けるわたしも、隊長に服従心有る故に似てしまったのだろう。
背中が見えなくなってしまった。輝く銀髪も最早見えはしない。眩しいなど、全然ない。ましてや涙など出ない。最後に行ってしまうあの人を見て届けるつもりは毛頭無い。
終焉は既に去った。あの人と共に去ったのだ。始動の時など、あの人は帰って来ないのだから、ありえないことだ。
(08.06.15)