求めていたのだ、知らず知らず毒に蝕まれ
あの人はあれだ、白蛇のようだ。どちらかと言えば狐といったほうがいいだろう。言葉は白蛇の様に静かな締め付けを持ち、その笑みは狐の如くわたしを騙す。
関わる前に去りたかったのだけれど、市丸隊長の部下になったのでは不可抗力だ。残された選択の振り払うという道は、限りなく細くて窮屈で入れない。
いつかは市丸隊長に迫られ、道の壁で潰される。これほど鮮明に見えた未来が今までにあっただろうか。
「、お茶いこ」
「お仕事はどうなさるんですか」
「そんなんあとで出来るよ。今はお茶いこ。な?」
「私は別の仕事があるので……」
「一緒にいこゆーてんの」
細く長い、それこそ白蛇のような指がわたしの頭の上に触れた。それも刹那で、市丸隊長はすぐに前を向き歩き出した。仕方なく私は後を追う。
一緒に?全然、違う。いつも市丸隊長は一緒じゃないんだ。ただいるだけ。そう、ただ、いるだけなのだ。一緒、対だと思ったことは一度も無い。
いつも薄く防弾ガラスの様に強い壁があって、それはことごとく私たちを拒むのだから一緒だとは言えない。だからあの人が何を考えているかとか何を思っているのかとか全然分からない。
知っている事なんて何がある。名前、好物、性別、それに誕生日……は知らなかったっけ。
建て前は知っているけれど本質は知らない。ああだからこんなにも恐ろしいのか、この人は。
「」
「何ですか?」
「そんな怖い顔せんでもええやろ。団子とか、好きやろ?」
「ええ、まあ」
「ほんなら、そんな怖い顔しいな」
「市丸隊長」
「なに?」
「あなたは一体、何を考えているのですか」
一体何を考え、何をしようとしているのですか。それはわたしが届かぬほど高みにありますか。ならばわたしはそのうちに、あなたを振り払いさせていただきます。
だからその蛇のような声で、狐のような笑顔で騙そうとしないでほしい。それもまた、届かぬ高みにあるのだけれども。
「なんも考えてないよ。なーんも」
振り返ったその人は、また前を向いて歩き出した。少し本性を曝け出したようだ。いつもならば、もっと別な言葉でわたしをはぐらかすのに。
走って市丸隊長と肩を並べてみてもやはり一緒ではない。やはりただいるだけだ。なぜこんなにも遠い。
目を閉じて瞼の裏にあるのは市丸隊長の冴え冴えとした薄笑いだった。わたしはいつのまにかこんなにも、市丸隊長を求めていた。気づけばこんなにも振り払えない場所に来ていた。
振り払えない。それはただわたしが振り払えないという事で。数日後のルキアさんの処刑の日に、
あの人は自らわたしを振り払い、いってしまった。
(08.05.23)